大嶽コーチのページ

 

2013年11月13日  未来へ

 

先月初旬、勤務先にて、来春卒業される高校生の採用面接試験に立ち合わせて頂きました。

面接希望者のひとりに、某高校の野球部の学生がいました。

本当に野球部だったのですかぉ~、と疑うほど、身長も低く、小さな顔立ち、小さな声。

 

しかしながら、終始あどけない明るい笑顔、気負いもなく、背伸びもせず、ありのままの自然体の振舞に好感を抱きました。

 

「小学生の頃から野球をされていたのかな」と伺うと、ライオンズでも対戦させていただいた某学童チーム出身とのこと。

 

「進学高なのに、なぜ就職を希望されるのですか」と伺うと、

『はい、勉強、好きじゃなくて・・・』と、はにかみ乍ら、てれ乍ら、少し口ごもって。

 

飾らない言葉、穏やかな目、かすかに口元に緊張感。たいへん爽やかな学生さんでした。

 

 彼への面接をさせていただきながら、不意に感じたことがありました。

 

 この爽やかな印象は、きっと野球のバッターボックスやマウンドで経験した逃げ場のない

 一対一の時間を、幼い頃から、ひたむきに積み重ねてきたから、なのか、と。

 

 

子供たちの打席で構える後姿を見つめては、いつの日か、この子たちも就職面接を迎え、

未来の自分の人生を決める瞬間に戸惑うことだろう、と想います。

 

 

コータキグランドのバッターボックスやマウンドで過ごした日々が、ひとりひとりの未来につながっていくこと、貴重な日々であることを願ってやまない今日このごろです。

 

 

 

  将くん、お帰り。先日の試合での笑みに、お母様とお話ししながら涙ぐませて頂きました。

  これからも怪我をせず、元気ですごせますように♪

 

 

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リトルイーストさま、スーパージュニア県大会での準優勝、おめでとうございました♪♪

 こころよりお歓び申し上げます。来年もご厚意のほど、宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

2013年9月14日  大会前夜

 

野球とともに、選手の皆さんには日ごろの生活に、読書の勧めをさせて頂いております。

「読書」や「読み聞かせ」などの習慣は、「4年生のカベ」といわれる学力低下を防ぐひとつの素養でもあるそうですね。

果たしてこの夏休みは、たくさんの読書をしてくれたでしょうか。

 

野球をモチーフにした小説、「ぼくのボールが君に届けば」(伊集院静さん)、「卒業ホームラン」(重松清さん)、「バッテリー」(あさのあつこさん)など、以前お子さんたちへご紹介させて頂いたこともあったでしょうか。

いつの日か、ライオンズの選手たちからも小説家を志すお子さんが育ち、自分の野球少年時代を振り返って御殿場の風景や、家族や周囲の人々との物語を編んでくれたならば、このうえない喜びでもあります。

 

さて、先日はリハビリ中の将くんが練習に参加していただいて、その笑顔やたくましくキャッチボールをする姿に感激しました。ありがとう。

 

ライトのポジションでノックを受ける将くん。

将くんにはライトフィールド、やっぱり似合っています。いきいきと輝いていました。

いつの日か、もっともっと元気なって、コータキのグランドに帰ってきてくれる日をひとへに願っています。

 

グランドには、小説を凌ぐこころ震わすドラマが幾つもあります。

 

今年もスーパージュニア大会では、それぞれのお子さんたちの胸に、感激の物語を刻めるように。  みんなで頑張ろうネ。

父母会のみなさま、なにとぞご声援のほど宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

2013年8月6日     日々御礼

 

夏草が眩しく輝く週末、瀬戸さまはじめ父母会さま一体となって、グランド整備と夏の合宿が行われ、こころから敬服と感謝を申し上げます。

食事会には戻りたかったのですが、身体が思うにまかせず、参加が叶わずに申し訳ございませんでした。


食事会前に敬太くんの顔をみることができたことと伴に、

6年生の尚弥くんが自分の4年生の頃の悩みを乗り越えたことを、敬太くんにこころを解きほぐすように語りかけてくれたこと、止め処なく胸が震えました。

尚弥くん、ありがとう。

 

 7月は高塚フレンドリー試合として、今年初めてのスーパージュニアの練習試合が2試合行え、原里スーパースターズさまには毎年ご厚意を賜り、真に有難うございます。

さらには、本年もスーパージュニア耀平杯を御殿場市野球連盟さまと髙森商事さまのお蔭さまを持ち、盛大に開催いただき有難うございました。

 

対戦いただきました、中郷ファイターズさま、大仁パワーズ野球スポーツ少年団さま、長時間にわたり最後まで有難うございました。今後とも、何卒宜しくお願い申し上げます。



そして、スーパージュニアの3戦目にして今季初勝利、父母会さま、5年生6年生、OBのみなさま、陽刺しにも負けぬ熱いご声援を有難うございました。



橘ウイングスのみなさま、江の島での学生時代を想い起こさせていただき、懐かしさでいっぱいでした。箱根フリッパーズさまとともに、また是非とも御殿場へお越しいただければ嬉しく存じます。  有難うございました。



また、いつも大谷コーチにはお豆腐の差し入れ美味しく頂戴させていただき、有難うございます。  ご子息の出身高、奈良櫻井高校甲子園出場、おめでとうございます。

くれぐれも甲子園球場での応援、体調崩されませぬように。



日々、お子さんたちが成長されている姿に、毎週喜びをいただいています。

父母会各位には、ひとえにお子様の体調管理と、暑中まだまだ厳しき折、お体ご自愛のほどお祈り申し上げます。

 

 

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御殿場ファイターズさま、JA共済県大会優勝おめでとうございます。

御殿場の学童野球がますます盛んになり、野球をされるお子さんたちが増えることを願ってやみません。こころよりお祝い申し上げます。

 

 


 

2013年7月11日  草茂りて


しばらく、体調を崩し入院等でお休みをさせていただき、申し訳ございませんでした。

みな様にはご心配とご迷惑を掛けましたこと、お詫び申し上げます。

また、瀬戸さまをはじめ父母会各位のグランド芝のお手入れ、ありがとうございました。

すがすがしい環境で、こどもたちと過ごせることに感謝申し上げます。


 

寝室で臥せながら、久しぶりの読書三昧の中から、一冊。

 

 

       【 世界中 が 夕焼け  穂村弘の短歌の秘密  】


 

  62’生まれの穂村弘さんの短歌を、83’年生まれの新鋭歌人山田航さんが解説し、穂村

  弘さんが応えて綴る一冊。その中の、一首。

 

    赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、きらきらとラインマーカーまみれの聖書

 

 

       『せき、とう、おう、りょく、せい、らん、し』

 

  虹の色彩の順序を短歌に織り込むこころみが、たいへん胸に響きました

    不意に、確信したこととして、こうした言葉の創作なども

   「子供たちと野球を通じて会話していきたいこと」の一端だと、あらためて想いました。

 

 

  水、金、地、火、木、土、天、海、冥 

 

       『すい、きん、ち、か、もく、ど、てん、かい、めい』


 

 

  【十干十二支】が甲子園球場の語源ともなる「十干」

 

  甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸

 

         『こう、おつ、へい、てい、ぼ、き、こう、しん、じん、き』


 

 

 

  言葉の意味や、言葉が並ぶ調べの美しさ、文字に綴るバランス等々。



 

       草茂み ベースボールの道白し  正岡子規


 

緑あふれるグランドで少しずつ復調させて参ります。何卒今後とも宜しくご指導のほどお願い申し上げます。

 


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神山少年野球クラブ様 

「しずちゅう旗」支部優勝おめでとうございました。県大会でのご活躍をお祈り申し上げます。

そして5年生以下のみなさんへ、ジュニア支部大会、暑さに負けずにネ。精一杯応援しています。


 

 

 

2013年5月27日  春のゆくえ

 

 

「一日10mしか進めない青虫が、一日10km進むためにはどうしたら良いのかな?」

 

 

【ソウル白熱教室】でソウル大学のキム・ナンド教授が、成人相手に講義していた問題です。

 

 

 

練習を終え、暮れなずむ夕礼の最後、整列したライオンズの選手たちに質問してみました。

 

子供たちは、お互いに顔を見合いながら、雲をつかむようなこの不可解な問題に、ざわざわと相談をしたり、黙り込んだり・・・。

 

すると、三年生の康平くんが、徐に 「はい・・」と手をあげました。

一分も経ていなかったでしょうか。

 

     いつも笑顔バリバリの康平くんが、この時ばかりは怪訝そうな顔つきで・・

     ゆっくりと・・・

 

 

「・・蝶々になる?」

 

 

 

驚きと感動でした。見事、【蝶になって、飛んでゆく】という正解を導き出す感性。

 

    『すごいよ、すごいね、正解だよ』と伝えると、

 

康平君は・・・俄に、にこにこにこにこにこにこ、にっこにこです。

 

拍手をみなで贈りながら、子供たちの「素直さ」、「観察する力」などの言葉が浮かんできました。

 

 

これから、ますます花々に蝶が舞い降りる季節。

今年は公式試合も練習試合も、善戦むなしく満足のいく結果には至っていませんが、初夏を迎え、青虫の幼虫から蝶となってこのコータキグランドから羽ばたいてゆく光景を思い描きました。

 

春のゆくえ、美しい蝶々の群れが青空へ舞う日は、きっと、もうすぐ、もうすぐ。

 

 

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4月、5月と入団頂きました多くのご家族のみなさま、お子さんたちとお逢いできて、こころから嬉しく想います。これから、ご指導とご厚誼のほど、謹んで宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

2013年5月17日  五月の風

 

昨年の夏のこと。 

試合と練習が終わり、ご父兄とお子さんたちが、それぞれの家路につきます。

 

その日は、お身体を病んでおられた颯仁くんのお母様がようやく回復なされ、久しぶりにコータキグランドへお迎えにみえられました。

バッグにグローブを仕舞い、帰り支度をしている颯仁くんが、その日の試合の打撃結果を言い訳するように、お母様に話しかけていました。

 

 

「ぼくは、左ピッチャーが苦手なの、打てないんだ」

 

母親に話す颯仁くんは、右投げ左打ちです。すると、ひと呼吸おいて、

 

「颯仁が左ピッチャーを苦手と思うなら、きっとその左ピッチャーも、左バッターの颯仁のことを“苦手だなぁ”と思ったんじゃないかい」と、お母様。

 

 

短い会話の中で、とてもたいせつな真実に、気づかされました。

あの夏の日暮れの光景は、いまでも色褪せずに瞼に残っています。

 

 

颯仁くんの入団は、平成231月でした。2か月後の311日、東北地方太平洋沖地震が発生。

自衛官である颯仁くんのお父様が、数か月、被災地へ災害救援活動に向かわれました。

 

颯仁くんのストレス、お母様のご心配、お父様の周囲へのお気遣い。

不安を抱えながらの心痛な日々だったと想いますが、ご家族の強い絆で乗り越えられたことを、感激しながらいま振り返っております。

滝口様ご夫妻には、さまざまなことを教えていただきました。こころより御礼を申し上げます。

颯仁くんの東京への転校は、たいへん残念ですが、またいつの日にかお逢いできることを楽しみにしております。

 

 

退団式では、涙にくれる素晴らしい怜真くんの送辞でしたね。

颯仁くんには、どんなに離れていても、ずっと親友と呼べる怜真くんがいてくれて、うらやましいなぁと想いましたよ。

 

 

きつくきつく我の鋳型をとるように 君は最後の抱擁をする    俵 万智

 

 

夕礼を終え、颯仁くんを“ギュ”と抱きしめました。

 

また、来週も逢おうね、という言葉を飲み込みました。

涙が“グサッ”とこぼれそうになりました。

 

 

そして、爽やかな風が駆け抜けてゆきました。東京での颯仁くんの活躍をお祈り申し上げます。

 

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     2市1町大会へ、颯仁くんの分まで、精一杯全力で。

 

 

 

 

2013年5月14日  おめでとうございます。

 

清水町少年野球団さま、第33回全日本学童軟式野球静岡県大会優勝、おめでとうございます。

全国大会でのご健闘、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。

  

 

 

2013年5月6日  こころが変われば、タコ習字

 

 

こころが変われば、“態度”が変わる。

態度が変われば、“行動”が変わる。

行動が変われば、“習慣”が変わる。

習慣が変われば、“運命”が変わる。

運命が変われば、“人生”が変わる。

 

一所懸命だと、知恵が出る。

中途半端だと、愚痴が出る。

いい加減だと、言い訳が出る。

 

 

 

一週間単位で代表の選手が整列した全員の前に立ち、暗記して覚えたこのフレーズを大きな声でワンフレーズずつ唱え、全員が続いて斉唱します。

 

かつてご父兄様よりご提案いただき、以来、必ず一日の始まりと終わりに、グランドや父母会様への挨拶の前に行います。

 

 

先日、蒔人君が代表の折り、尚弥君が「こころが変われば、タコシュウジ」だよ、と

蒔人君にアドバイスしてくれていました。

 

「タコシュウジ」とは、“態度”“行動”“習慣”“運命”“人生”の頭文字。

 

 

ひとりひとり、言葉の記憶方法はそれぞれかと想いますが、

子供たちに覚えやすいイメージを伝えさせていただいたところ、しっかりと覚えていてくれました。たいへん嬉しいことでした。

 

不意に、「学校教育とは、“良い習慣を身につける”こと」と、

 

杉並区立和田中学校校長を務められた藤原和博様のお話されていたことを想い出します。

 

 

野球を通して、強いからだと逞しく明るいこころを育む。

そして、おこがましくも良い習慣を身につけることに、少しでも寄与できるように。

尚弥君の言葉を聴いて、身が引き締まる想いでした。

 

 

「タコ習字」は、自らも日々の戒めとしてこれからも一緒に唱和したいと想います。

 

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  三保ウイングス様 本年も御殿場へお越しいただき、ありがとうございました。  

  また、父母会のみなさま、ご馳走さまでした。お手数をお掛けし恐縮です。

  ゆうが君、やくも君、ゆいなさん、一緒に練習させていただいてとても貴重な想い出です。

  来年もぜひ元気でお会いできますようにと願うばかりです。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

2013年4月15日  花々に寄せて

 

コータキグランドの桜は遅咲きの桜です。

ようやく小さな白い花弁が、葉桜とともに同時に開いたようです。

 

また、自宅の玄関先には、薄紅と白のまじりあう花水木や妻の育てていたゼラニウムなどが咲き誇りました。

花言葉を調べました。

 

花水木には、「返礼」「おだやかなこころ」。ゼラニウムには、「真の友情」「偶然の出逢い」。

 

 

そして、たいへん嬉しいこととして、春とともにライオンズへ多くの体験にお越しいただいているご家族さま、入団いただいたお二人の可愛いお嬢さん。

ほんとうに有難うございます。

 

卒団式の折に、渡辺監督より「ありがとう」の反対は「あたりまえ」、と伺いました。こころに残るお話でした。

 

入団いただいたお子様たちとの出逢いを有難く、感謝し、かならずみな花咲くように、と

コータキグランドの桜の下で、こころをあらたにいたしました。

 

 

少しずつふくらんでくる思いあり 桜の季節にえらぶ便箋    俵 万智

 

 

追伸  鬼木さまご夫妻、俊太くん、あすかさん、いつまでもいつまでもお元気で。

     甲子園でライオンズ のお子さん方と再会されることを、こころから祈っております。

 

 

 

2013年3月15日  叫び続ける

 

俊太くんの北海道への転校は、ライオンズの誰しもがその寂しさを語り尽くせぬほどかと想います。

とりわけ、同じ小学校でずっと同級生として過ごしてきた新キャプテンの清春くんにとっては、忘れえぬ確かな友情や愛情を、生涯つなぎ続けるのだろうと想います。

 

 

頑張れぇ 頑張れぇ 頑張れぇ 頑張れぇ 頑張れぇ・・・・・

 

 

清春くんは、1時間以上も続く俊太くんへの個人ノック中、途切れることなく【頑張れぇ 頑張れぇ】と叫び続け、応援し続けていました。

 

 

 シュンタガンバレ  ガンバレシュンタ   シュンタガンバレ ガンバレシュンタ

 

 

昨年 清春くんは小学校での同級生であり、ライオンズでの仲間の光太郎くんが松山へ、龍治くんが熊本へ、とそれぞれ転校というお別れを経験されました。

そして、いま俊太くんとの惜別。

 

 

先日、練習後の夕礼で「三匹のタイ」のお話をさせていただきましたが、

この三匹のタイのひとつ、《ひとの役にたちたい》とは、清春くんの俊太くんへ“ガンバレ”“ガンバレ” “ガンバレ” “ガンバレ”と、何度も何度も声が嗄れ、胸を詰まらせ「叫び続け、応援し続ける」姿にほかならない、と思いいたり感激しました。

 

 

俊太くんのボールを追い続ける姿とともに、全身で見守り続ける清春くんの姿に目を潤ませました。

 

 

昨年の誰からも愛されたキャプテン 竜征くんのように、清春くんは下級生からいちばん頼られ、いちばん憧れるキャプテンにきっと成長してくれることと確信しましたよ。

 

 

清春くんと俊太くんへ。

24日は、いつまでもコータキグランドの景色がまぶたに留まりますようにと願うばかりです。

 

 

 

 

2013年2月27日  ″ LIONS” という愛称

 

かつて日本経済新聞の社会面に、冬の期間、日本一の売上を誇る コーヒーや紅茶などの清涼飲料が並ぶ“自動販売機”の記事が紹介されていました。

 

 

その自動販売機には、店主が書いた一枚の貼り紙がされていたそうです。

たった一行の言葉。いわゆるキャッチフレーズのようなもの。

 

 

 

 その貼り紙には

 

 

        『飲む』前に、温ったまってください。 

 

 

                          と、書かれていたそうです。

 

 

仕事を終え、凍えそうな夜の帰り道、かじかんだ手をそっと温めてくれる缶コーヒー。

 

貼り紙の前に立ち止まり、『飲む』前に手を温めたい、と私も思わず買ってしまうことでしょう。

 

  (その貼り紙が冬になると、今でも貼られているかどうかは判りませんが・・・)

 

 

ほんの些細な言葉でも、ひとのこころを動かすことの事実を、実感した記事でした。

  

  (・・・そして、早く春の訪れを待ちわびる今日この頃です。)

 

 

 

言葉によるイメージでいえば、個人の名前や団体の名称などは、その響きやぬくもり、親近感、印象など自己表現の原点と言えるでしょうか。

 

球団名などは、各チームさまざまな理念、理想、歴史に磨かれて、成長し続けるように思えます。

 

 

御殿場リトルライオンズの LIONS” という愛称は、

創団当時、地元 御殿場西高出身の杉本正投手が西武ライオンズへ入団なされており、杉本投手を応援し活躍されることに祈りを込めて命名した、と内海代表より伺いました。

 

 

杉本正投手といえば、わたくしも高校当時に対戦させていただきましたので、たいへん親密感を憶えました。学童野球にたずさわるようになって以来、西武ライオンズの試合結果や応援風景にも関心を抱くようになりました。

 

本年も西武の投手コーチをなされる杉本様のご活躍とご健勝を、こころよりお祈り申し上げます。

 

 

 

さて、いつの日か、いつの日かと夢を描くこと。

 

“リトルライオンズ”という愛称をもたれている全国の学童野球チームのみなさま

とも交流できる機会が持てれば。

全国の“リトルライオンズ”球団が集まり、西武ドームで交流試合ができれば。

 

そして、卒団生が西武ライオンズで活躍されること。

 

 

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さぁ、いよいよ全日本学童市予選ですね。

『叶える』という文字は、『協う』と同じと言います。こころと力を合わせて、

夢をかなえる、と聞きます。

  

     みなで、こころとちからを合わせて。よぉし、頑張りましょうね。

   

   

追伸

体験練習にお越しいただきましたみなさま、有難うございました。

ぜひ、またご一緒に野球ができれば嬉しい限りです。

至らぬことが多々あろうかと存じますが、なにとぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2013年2月10日  Vサイン

 

 

   ぶな林 雪解雫(ゆきげしずく)の音ばかり

 

 

数年前のNHK俳句番組で投稿されていらした方の句。たいへん共感し、いつまでもこころの奥底に残っています。

 

あたたかな春の陽差しに、ぶな林に降り積もった雪が奏でる雪解雫のオーケストラ。

 

御殿場の冬も、ようやく三寒四温の春待ち日和に。

練習試合もみなさまのお蔭様で無事に迎えられ、コータキグランドには対戦相手のチーム様を含めて、こどもたちの霜や雪を解かす元気な声が聞こえだしました。

 

これから一年間、こどもたちの成長を楽しみに、自らも成長させていただけるよう、野球のみならず「生きるちから」を共に学んで参りたいと願っています。

 

 

先日の終礼にて、全日本女子バレーボールチームの元監督 柳本昌一さんが語られている【Vサイン(ピースサイン)】のお話を選手たちにさせていただきました。

 

  人差し指と中指で「Vサイン」を作ってみよう。

  もうこれ以上開かないところまで、ちからいっぱい開いてみよう。

  ・・・それで限界かな。もう開かないかな・・・

 

  「じゃぁね、そのVサインの間に、こっちのVサインを入れてみるよ」

  と、こどもたちの人差し指と中指の間に私の作ったVサインを差して、左右に広げました。

  

  「ほら、もっと広がったよ」

  『あっ、ほんとだ・・・』

 

  「みんなの限界を、ちょっとずつ越えられるように。

   これが、監督やコーチの仕事なんだって。

   Vサインは、VictoryV、勝利という意味でもあるんだって。

   さぁ、一緒にがんばっていこうね!」

 

  そんなお話をさせていただくと・・・

  颯仁くんが

  「そうなんだぁ・・僕はいつも写真を撮るとき、勝つ前にVサインしていたなぁ・・」

 

  

  (そうだね、負けてもVサインして写真撮るものね、可愛いですね)

 

 

初戦、2戦目、練習試合は「Vサイン」といきませんでしたが、ひと冬越えて、みなたくましく成長していました。

 

そして

  6年生のみなさん、ご父兄の皆様、卒団おめでとうございました。

  卒団後もグランドで後輩たちへのアドバイスをありがとうございます。

  これからも、このグランドがみなさんの心のホームベースでありますように♪

 

 

 

また、北山スカイラーク様、中郷ファイターズ様、本日は御殿場へお越しいただき、ありがとうございました。 今後とも何卒、宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2013年1月10日  本年も宜しくお願い申し上げます

 

新年を祝い、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

関係各位には旧年中もたいへんお世話になり、まことに有難うございました。

また、対戦いただきました市内、県内のチーム様をはじめ、横浜や藤沢、茅ヶ崎など遠路のチームの皆様にもご厚意を賜り、深く感謝を申し上げます。

本年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

さて、早いもので今週末には、6年生の卒団式となりました。

卒団を迎えられるご家族の皆様、長い間、ご助言やご支援を賜り、有難うございました。

 

お祝い申し上げますとともに、卒団式を父母会の皆様とともに恙なく進行させていただけるようにと、身が引き締まる想いです。

 

振り返りますと、卒団生の最後のグランド行進では未来へはばたく願いを込めて、BGMを選ばせていただきました。

 

 20期生  約束の橋   佐野元春

 21期生  花      中 孝介

 22期生  キセキ    GReeeeN

 23期生  ONE LOVE    嵐

 24期生  キミがいる  いきものがかり

 25期生  歩いてゆこう いきものがかり

  

26期の卒団生のみなさまには、あらためて心を込め精一杯務めさせていただきます。

日曜日は寒さがたいへん厳しそうです。みなさまには充分に体調ととのえ、当日を迎えましょうね。

 

 

 

2012年12月11日  松村様へ

 

先般、大谷コーチのご紹介で、元ヤクルトスワローズ 投手の松村憲章様にグランドへお越しいただき、子供たちへのアドバイスを賜りました。

松村様から指導を受けている子供たちの顔は、いつにも増して輝いていました。

貴重なお時間を、ありがとうございました。こころより御礼を申し上げます。

 

 

また、わたくしも前夜から読み始めた本郷陽一氏著

『白球の約束 高校野球監督になったプロ野球選手たち』を持参していたので、その一冊を松村様に手にしていただきながら、諸々のお話しを伺えたこと、たいへん光栄でございました。

 

そして、その著書の中に、東映フライヤーズから広島県瀬戸内高校野球部監督になられた 後原富(せどはら ひさし)様への取材記事があり、その著述をご覧になられながら、

 懐かしそうに松村様が後原様について語られていたこと、たいへん心があたたまりました。

 

後原様は、学生野球資格回復第一号として、のちに続く【プロ野球選手から高校野球監督への道】を切り開いた方と伺いました。

 

 

瀬戸内高校といえば、恐縮ですが、わたくしも若き日の想い出が蘇ります。

高校時代に山口県と広島県へ遠征した際の対戦高のひとつが、その年(1977)の甲子園センバツ大会で中国地区代表として出場された瀬戸内高校でした。

 

おそらく、瀬戸内高校の後原様と母校の野球部監督が、駒沢大学野球部の同僚というご縁から対戦が組まれたと想いますが、いまでも色褪せず原色のままの風景がまぶたに蘇ります。そして、試合とともに初めての広島は、ナイター観戦した広島球場、原爆ドーム、友と過ごしたホテル、などなど、みな かけがえのない美しい記憶です。

 

松村様とお話しをさせていただきながら、若返らせていただきました。ありがとうございました。

練習では、充分な対応ができず失礼もあったかと存じますが、お許しくださいませ。

どうぞ、また機会がございましたら是非ともお越し賜り、ご指導のほど宜しくお願い申し上げます。寒さ厳しき折、お身体ご自愛くださいませ。

 

 

追伸: 週末は、裾野イーグルス様との最終戦ですね。

    当日、6年生は、【朝起きたときのお母さんやお父さんへの挨拶】から、

    【グランドに着いたとき】、【こころの革命】、【朝の挨拶】、

    【チームラン】、【ウオーミングアップ】、【試合前練習】、【試合前ミーティング】、

    そして【試合】を通じて、「これが僕の野球なんだよ」

    「これがここで過ごしてきた○年の成果なんだよ」、

    と胸を張って下級生に伝えてくれたら、嬉しいな。そう願ってやみません。

    6年生の君たちの姿が、後輩たちの記憶にいつまでも残る一日になることを期待して。

 

 

 

2012年11月13日  一期一会

 

 

竜ちゃん、光太郎君、堀さまご夫妻

 

 

遠路にもかかわらず、御殿場へお越しいただき、再会をさせていただいたこと。

小宮山悟さまの野球教室という、奇跡のような貴重な体験をさせていただけたこと。

言葉に尽くせぬほどのこころからの感謝と御礼を申し上げます。

 

 

そして、なによりも

 

竜ちゃんや光太郎君が、松山での野球の日々を楽しく話してくれたこと。

光太郎君が、松山のチームで新キャプテンに選ばれていたこと。

ライオンズの子どもたちみんなが、竜ちゃんと光太郎君を囲んで笑顔につつまれていたこと。

お母様どうしで、抱き合いながら再会を喜ばれていたこと。

 

 

生涯一日の貴重な時間を過ごさせていただき、本当にありがとうございました。

 

 

 “再会” とは、これほど喜びに充ち溢れるものなのですね。

 

いつまでも、いつの日もお元気でお過ごしください。堀様ご家族のご健康と末永いご多幸をお祈り申し上げます。

 

 

さて、小宮山悟さまの野球教室にてのポイントです。

 

 

     キャッチボール ではなく  play catch

     グローブのポケットを見せる

     薬指の大切さ

     ねらって投げる強い意志

 投げたボールを捕ってあげるチームワーク

     ボールを捕れれば、必ず打てる

     ボールの軌道を予測しながらの素振り

     最短距離で振る意識

     Etc.

 

 

小宮山さまには、たいへん理解しやすい表現で伝えていただき、誠に有難うございました。

今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

 

 

  父母会のみなさま、恙ないお支度、準備と運営、お疲れ様でした。

  そして、ご馳走さまでした。ありがとうございました。

  

 

 

 

 

 

2012年11月9日         金木犀

 

 

花が咲くのは 年に一度

後は静かに 時を待っている

    あくせくするのは 止めよう

    一度でいい ひとつでいい

                

 

自宅の玄関先に少し遅めの金木犀が咲き、ほのかな香りを漂わせています。

星野富弘さんの「きんもくせい」の画に寄せられた詩を想い出します。

 

先日の沼津遠征、6年生たちは、しっかり咲いてくれていました

いちどと云わず、これからたくさん咲いてくださいね。

 

 

 

週末は、堀様がお越しとのこと。くれぐれも、お気をつけてお越しくださいませ。

お会いさせていただけること、とても楽しみにさせていただきます。

 

 

 

2012年10月12日   市スポーツ祭にて

 

初夏の頃、ある日の夕礼の際、モノを大切にするための比喩として、

ディズニーランドのカストーディアルと呼ばれる清掃員の方々のお話をさせていただきました。

 

ディズニーランドでは、パーク内のトイレひとつひとつに“ひと”と同様の名前をつけて、清掃をされているそうですね。モノではなく、“ひと”として対話しながら美しく磨いてゆくこころ。

 

この「そうじに対する考え方」から学べることは、自分が使うバットやグローブ、ボールなど愛する道具と会話したり、

それこそ、モノではなく名前をつけて、試合や練習中、いちばん近くにいる“友達”になってもらうこと。

 

そんなお話をさせて頂いた翌週、さっそく、将君がバットに名前をつけてくれたことを聞きました。

とっても嬉しいことでした。

 

 

僕たちを試合中に応援してくれる“ひと”は、

  1.選手同士、仲間たち

  2.おとうさん、おかあさん、監督やコーチ

  3.そしてバットやグローブたち

 

 

これからもバットやグローブなど、毎日会話して、大切に手入れして、試合に臨んでいただければ、と願っています。

 

週末の市スポーツ祭、最後のトーナメントの公式戦、精一杯、職場から応援しています。

 

 

 

 

 

2012年10月11日   涙と笑顔と

 

「僕の夢は、お父さんとお母さんを甲子園へ連れてゆくことなんだ」

と、いつの日だったか、にっこりと話してくれた5年生の俊太君。

 

九月、最後の試合、市リーグ戦。

ゲームセットの礼を終え、選手みなで監督を囲んでいたベンチ前。彼は、肩をふるわせ声を詰まらせ、そして涙が頬をつたいました。

 

 

 

34の一点差、7回表の最終回。

「背番号1」としてこの春から投げ続けてきてくれた俊太君が、相手の攻撃を抑えれば勝利、という場面。しかしながら、守備の不運も重なって、逆転打を浴び、64に・・・。

・・ようやくチェンジ。足取り重く、うつむきながらベンチへ戻る選手たち。

 

「これが、お前たちのチカラなんだよ・・・ でも、これでいいのかい?・・」と、監督から一喝。

 

 

ライオンズ、7回裏の攻撃は、先頭打者が倒れ1アウト。

次打者は9番、4年生の颯仁君。

低めのボールを振り切ってセカンドオーバーのクリーンヒット。前日の練習で、声を出す練習に明け暮れた颯仁君、やったぜ!

 

そして、トップバッター、6年生のキャプテン竜征君、続いて2番、副キャプテンの蓮君がつないでくれた、ありがとう! 続いて3番、俊太君。

4年生と6年生がチャンスを作り、一打逆転の場面。

 

それまでの打席は、凡打と犠打でノーヒット。

 

 

1ボール後、芯で捕らえた打球。

 

見事、ライナーでレフト線を破り、ボールはフェンスへ向かう。

 

その打球は、フェンスを越え、山を越え、海をわたり、北海道にいる俊太君のお父さんまで届いていったように想えました。

 

 

果たして、塁上のランナーが生還し、ホームを駆け抜け、サヨナラ。

 

 

グランドは、祝福の歓喜と、一方では残酷な沈黙。勝敗の一瞬は、いつもドラマに満ちています。

両チームが整列し、互いに健闘を称えあい、礼をしあい・・・。すると、俊太君は目を潤ませ、ベンチへ戻ってきました。

 

選手たちが監督を囲み、試合を振り返ります。その間、俊太君は肩をふるわせ、嗚咽を噛みしめ、涙がこぼれました。

彼が流した涙は、けしてひとりのものでなく、偶然のものでなく、みんなで一緒に、真剣に、野球にうちこんでいた、野球が好きなあかしなのだ、と想いました。

 

この試合は、わたしの中でも月並みな表現ですが、生涯忘れられない試合のひとつになりました。

 

 

四年前のこの日は、妻の葬儀でした。

その折は、代表や監督はじめライオンズの皆様にはたいへんお世話をいただき、あらためて感謝の念にて臨んだ一日でした。

日々は、記憶をかさね、少年たちの野球が、わたしのようなおじさんに、明日へのちからを与えてくれていることに、こころから感謝いたします。

 

 

夕礼を終わり、グランドからそれぞれの笑顔で、車へ乗りこむご家族を拝見させていただきながら、

 今日も2年生から6年生みんなが元気で良かったなぁ、と思いました。

 

 

  何よりも大事なことと思うなり この子の今日に笑みがあること  俵 万智

 

 

 

追伸  須山少年野球クラブ様、清水町少年野球団様、先般は雨天にて練習試合が中止    

    となり、たいへん残念でしたが、なにとぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

2012年9月24日  みちしるべ

 

作家 森村誠一さんの書に【ケルンの一石】という言葉があります。

 

“ケルン”とは、山を登る際登山者が後進の登山者のために、登山道を示す目的で積み上げる石山のことだそうです。

 

  

   『作家というわたしの仕事は、山登りの“ケルン”のようなものです。

 わたしの作品が次に登る方の“道標”(みちしるべ)になればと思うのです・・・』

 

 

 【みちしるべ】・・・やわらかなその語感、その言葉にふれた際、ひときわ胸に響きました。

 

 

    「かぜしるべ」 「ゆきしるべ」 「ほししるべ」 「たびしるべ」 「ゆめしるべ」・・・

 

    「●●しるべ」と、さまざまな【標】の造語ができそうでした。

 

 

 

風雨に晒されるケルンは、積んでも、積んでも倒れ、だからまた次の登山者は何度も何度もケルンを積み上げてゆく。

 

少年たちの野球団も、ひとつひとつ積み上げて、また積み上げて。

  

毎年、6年生たちが積み上げてゆくケルンは、きっと下級生の“みちしるべ”、と想いました。

 

 

   【目標】という言葉とともに、【道標】という言葉を大切にしたい、と想い

   夏のとある一日、終礼にお話をさせていただきました。

 

 

 

今年もライオンズの6年生は、下級生にたしかな【道標】を懸命に残してくれていると想います。

残り少ない公式戦、頑張って参りましょうね。

 

 

追伸:   彼岸を迎え、朝夕は過ごしやすく、夏の面影は次第にかすんで参りましたね。

急な冷え込みで、お子さんたちへは風邪などひかぬようにと気遣いが絶えませんが、体調維持のほど宜しくお願い申し上げます。

 

また、神山少年野球クラブ様には、スーパージュニア沼駿大会優勝、おめでとうございます。

御殿場支部代表として、県大会でのご健闘をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

2012年 9月 7日  コスモスまで歩く

 

 

今朝は二十四節季の“白露” を迎えたとはいえ、まだまだ残暑厳しく、みなさまにはご自愛を祈るばかりです。

 

 

さて、92日にはお子さんもおとなも全員で、コータキグランドの草採りや草刈りなど、グランド整備をさせていただきました。

 

 

 櫻井幸雄さんの油絵 「出番のないベンチ」 を、彷彿させてくれるように

 おさない妹さんや元気なお姉ちゃんたちが、この日も一緒にお手伝いいただいて

  グランドには笑顔があふれ、いつものようにこころを和ませていただきました。

  

   

  

 秋の声を聞く頃は、櫻井さんの「コスモス」の道をかけてゆく野球少年の絵と

 寺山修司さん“作”だったと記憶していますが、

 

 

          

                    君のために とにかくコスモスまで歩く

 

 

 

 という詩を、毎年想い出します。

 

 

草むしりに汗しながら、「季節を楽しみながらこどもたちと野球ができる」ことを、あらためて幸せに想う一日でした。

 

 

6年生には、残り3ヶ月。良い記憶をたくさんつくっていきましょうネ。

 

 

  

追伸: 体験でお越しいただきましたご家族さまには、真にありがとうございました。

    今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2012年8月22日  『間』を楽しむ

 

 

全国高校野球選手権大会が始まる度に、作家 阿久悠さんの甲子園球児に贈るメッセージ『甲子園の詩』の一節を想い出します。

 

その日、その試合、その高校の、その球児たちを讃え、その詩を、新聞に連載されていました。いつの日の、どの高校の試合だったかはまったく記憶にありませんが、野球の奥ゆかしさを教えて頂いたように想います。

 

 

 

【野球は『間』を楽しむスポーツですね】

 

   緊張と興奮の狭間、サインを見る、頷く、振りかぶる、投手。

   獲物を威嚇するように、打席へ入る、構える、息を整える、打者。

   駆け抜けた一塁ベース、一瞬、の静寂、《He’s out》、をコールする、塁審。

 

   【動】の前後に訪れる   間   を、固唾を呑んで楽しむ、観客。

 

 

仔細の表現は異なっていますが、

まるで、『歌舞伎』の“見得”のようです、と野球の『間』を喩えていたと、記憶しています。

 

 

 

 

「打席に打者が立った瞬間、その勝負は既についている」と、ある有名高校の野球部監督の言葉を拝見した際、

数秒後に訪れる未来に対して、この『間』を上手に使っているのは打者か投手か・・その差を、この監督は見抜いているのかもしれない・・

 

そう、感じました。

 

 

バッターボックスまで、マウンドまで、打球がグローブに入るまで・・・高座に上がるまで、緞帳が開くまで、タクトが動くまで、ピストルが鳴るまで・・・

 

さまざまな『間』がどれだけ素敵な時間か、阿久さんの『甲子園の詩』に教えて頂いたように想います。

 

 

 

さて、いつもライオンズの練習試合にてこの『間』を、とても美しく、清々しく、素敵に

感じさせて頂いておりますのは、ライオンズ父母会様の審判です。

 

とりわけ、勝間田父母会長や松本様、勝又コーチ、根本様をはじめとして、球審を務めて頂きます際は、声の響きや指先までの凛とした姿勢など、たいへん感心させて頂いております。

 

 

  MCと言えば、“Master of Ceremony (マスター オブ セレモニー)

  式典や祭事の司会進行役のことですが、

  野球の球審も“Umpire”(裁定者)であるとともに、『間』を大切に、

  子供たちを引き立て、試合を円滑に司る進行役のように想えます。

 

 

 

先日の練習試合でも、対戦いただいたチームの監督様より、球審をはじめ塁審の正確な立ち居振る舞いなどをお褒め頂きました。

 

 父母会様には、いつも有難うございます。

 黒潮旗の公式戦も終了してしまいましたが、各リーグ戦、宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 野球の『間』を楽しみながら。

  

 

 

追伸:焼きトウモロコシとカキ氷、父母会様にはお手数をお掛けしいたしました。

   心より御礼を申し上げます。

   また、瀬戸様には毎年ご支援賜り、誠にありがとうございます。光貴君はじめ、

   ご家族皆さまお元気にて何よりでございます。

   OBの皆さま、関係各位のお力添えに感謝いたします。

   今後とも、子供たちの明るい笑顔が広がりますようにと願っております。

   ありがとうございました。

 

 

 

  2012年8月18日  祈り

 

スーパージュニア大会支部予選

洋介君と将君を中心に、どんな場面でも明るく堂々と。

仕事のため近くで応援ができず、たいへん申し訳ございませんが、
みんなの力と個性がグランドで花開きますよう、職場から祈り続けております。


真夏の陽差しに負けないようにネ ♪

 

 

 

2012年8月3日 いつまでも、いつまでもお元気で

 

 

 

『小学生のうちから、大人を誤魔化すことを教えないでください』

 

三年前の少年(学童)野球指導者養成研修会にて、全軟連審判技術指導員の大井様からご紹介いただいたこの言葉は、指導者の端くれとして、今でも深く胸に刻んでいる心得のひとつです

 

“大人を誤魔化す”とは、

キャッチャーが捕球した際どいコースをストライクに見せるために、内側へミットを動かすこと」 です。

大井様は、捕球したミットは動かさず、正々堂々と試合を行うことを子供たちに伝えてください、と話されていました。

 

【ストライクに見せるための技術よりも、正確な捕球、ものごとを誤魔化さないこころ、の方が子供の野球には大切なこと】

あらためて、野球を見つめる良い機会になりました。

 

 

その研修会以来、

“野球が上手くなる”とともに、“野球の周りにあるものを知る”ことを大事にしたい

と想いました。

 

入団していただいた子供たちには、言葉の意味を伝えることから始めました。

   

 

【アウト!】って語源は、「out of field」や「out of here」って意味とも言われているよ。

    だからランナーに対して、お前はここから出ていけ~、ってことかな。

 

【キャッチボール】の反対は・・・【ドッボール】だね。

    キャッチボールは、ボールを捕ること。

    ドッボールは、ボールから逃げること。

  だから、メジャーリーグの「ドジャース」は、「逃げる子供たち」って意味のようだよ。

 

 【ボールの繋ぎ目をシームって英語で表現するんだって。

 だから、2シーム、4シームは・・・そして繋ぎ目がないことは「シームレス」・・

 

 

浩誠君が一年生、龍治君が三年生で入団してくれた年は、

 私にとってもライオンズコーチ一年生。

  6歳、8歳のお子様とよわい50のオジサンが、ともに野球を一緒に学ぶ日々でした。

 

 

 慶応義塾大学野球部の江藤監督の言葉によれば、

 少年野球の監督やコーチは、「三人目の大人」です・・・と述べられています。

 

 ご両親、小学校の教師、そして三人目は、少年野球の監督、コーチ。

 

 果たして、浩誠君や龍治君、そして昇磨君の「三人目の大人」には、

 成れなかったと想いますが、グランドで逢うごとに精一杯一緒に練習をさせていただきました。

 

 

    『親は子を育ててきたと言うけれど 勝手に赤い畑のトマト』

 

 

   子供のたくましさを表現した“俵万智さん”の短歌のように、三人の岡田兄弟は、

コータキグランドで、誰にも負けないみずからの頑張りで、こころも野球の技術も

上手にたくましく成長してくれましたね。

 

 

浩誠君、龍治君、昇磨君、ありがとう。

いつまでも、元気で野球を続けてくれますように♪

 

 そしていつの日か、いつの日か、御殿場リトルライオンズの遠征として、堀様ご家族の

四国松山から、岡田様ご家族の九州熊本へ。夢をのせて。再会を期して。

 

 

また、岡田様ご夫妻には、最初の野球団として「ライオンズ」のユニフォームを

子供たちに着せていただいて、深く感謝を申し上げます。

 

 

 

    憧れし君が未来のユニフォーム 洗ってあげたし母のこの手で

 

 

 

ご夫妻と最後のお別れをさせていただいた際、

三兄弟が熊本の高校で、プロ野球で、メジャーリーグで、好きな球団のユニフォームを

身にまとい、奥様が笑顔で洗濯されている光景を思い描きました。

拙い句で僭越です。

 

どうぞ、いつまでも、いつまでも、岡田様ご家族のご多幸をお祈り申し上げます。

ありがとうございました。

       

  

 

2012年7月10日 高校野球応援に寄せて

 

 

94回全国高等学校野球選手権大会静岡大会の1回戦、ライオンズの選手と伴に、御殿場西高校の応援に参りました。父母会の皆さま、お疲れ様でございました。

 

応援観戦は序盤にて雨による中断のため、残念ながら試合半ばで上がらせて頂きましたが、子供たちには雨中でもひたむきにグランドを駆け回るお兄さんたちの姿から、少しでも得るものがあったならば幸いです。

(試合の結果は、“御西”勝利との吉報を。2回戦もご健闘をお祈り申し上げます)

 

3年生の祐太君をはじめ、御殿場西高校野球部の6名のライオンズ卒団生に、

偏にエールを贈ります。また、御殿場高校の亘君も最後の夏、最高の活躍をお祈りいたします。

 

 

さて、今年の大会は第94です

入場券を眺めながら、「6年後には第100回大会か」と、ひとりごと。

 

 

   6年後といえば、いまの小学6年生の竜征君や蓮君、隆君たちが高校3年生。 

100回という世紀の大会、次の100年後への架け橋の年・・・

 

       3名の6年生が甲子園で輝いている姿、想いを募らせました。

 

 

年後の未来に向けて。さあ、次の黒潮旗に向けて!

 

 

追伸:ジュニア大会支部予選2回戦、最後まで熱く大きなご声援と励ましを有難うございました。

こころより御礼を申し上げます。

   

 

 

2012年6月26日    梅雨空と霧の中で

 

 

  紫陽花や三島は水のうら通り   松尾芭蕉

 

 

三島市役所の周辺整備がなされる以前の、市役所前の小川のほとり。

咲き誇る紫陽花の中に、木板に毛筆で書かれた芭蕉の句が立てられていました。

 

梅雨空と紫陽花と芭蕉の句。

この光景は『水の都』の冠にふさわしい、とても色彩豊かな初夏の街並みの一場面です。

時おり、この小川の道を歩きながら、湧水のせせらぎに佇む芭蕉の面影が偲ばれます。

 

さて、梅雨空のさなか、三島ゴールデンイーグルス様には朝方から濃霧の中をお越しいただき、真にありがとうございました。

父母会様、指導者の皆様のたいへん落ち着かれた立ち居振る舞いや一言ひとことのお言葉に、長年培われたチーム方針が、にわかには真似のできない伝統の力となっていることを感じさせていただきました。選手のお子様方もさわやかな挨拶をしていただき、笑顔の花が咲いているようでした。十数年振りの対戦を賜り、嬉しく存じます。

 

御礼が遅くなり、申し訳ございません。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

2012614日  微笑みの連鎖

 

リトルジャイアンツ様とのジュニア戦。

ライオンズ3人の投手陣は、まったくコントロールが定まらず、四球や暴投の連発です。やがて、野手のエラーにも繋がります。

 

マウンド上で、緊張した顔が、「野球はこんなにも苦しいものです」「ピッチャーは孤独で辛いものです」と語りかけているようでした。

こうした表情は、「負の連鎖」になりそうですよね。 

 

 

数年前のことです。

とある「日帰り温泉会館」で、月一回の『落語演芸会』を開催するため、古今亭菊之丞師匠に席亭として様々な噺家さんを仕込んで頂き、三年間ほど、その司会を担当しておりました。

 

司会といっても、開演前に会場を盛り上げる前説と噺家さんをご紹介する役割です。

 

満席でも60名余りの小さな特設会場ですが、

温泉で寛いだ後に、落語を聴くことを楽しみにいらっしゃるお客様・・

たまたま来館すると、落語会があると知って座られているお客様・・・

“ニコニコ”待たれている方・・“ムスッ”としてこちらを睨みつけている方・・・・

いろいろなお顔が見えます。

 

落ち着いて朗らかに話すにはどうしたらいいのだろうか・・・と悩んだ挙句、三つのおまじないを自分に言い聞かせました。

 

1.普段よりも少しだけ大きな声で、ゆっくりと話す

2.手振りをしっかり行う(抑揚をつける)

3.無愛想に“ムスッ”としている人に、笑って語りかける

 

その都度、慣れない小話や、落語についてのウンチクを前説に行っていましたが、当初は“ニコニコ”聞いてくださる方を中心に、語りかけていました。

頷いてくださるからです。

ところが、どうしても『チラッ チラッ』と、不機嫌そうに見える厳ついお顔の方が気になり、焦ってきます。

 

ある時、思い切って会場内で一番怖そうな顔の方、笑っていない方を見ながら、こちらが満面の笑みで語りかけながら前説をしてみました。

 

瀬戸内寂聴さんが、ある本で綴っていた【和顔施】(わげんせ)を思い出しました。

 

「あなたが笑えば、相手も笑う。相手が笑えば、あなたも嬉しい。」

      「あなたが喜べは、誰かが喜ぶ・・」

 

      それを【微笑みの連鎖】と瀬戸内さんは書いていました。

 

怖そうな顔の方も、目を逸らさずに、こちらが笑いかけながら話し続けていると・・

やがて、相好を崩してくれました。

この方が、笑ってくださっているということは、会場全体が、笑ってくださっている・・

と、確信した瞬間でした。 

 

 

緊張した場面ほど、一緒にプレーする仲間の目や、相手の投手やバッターの目を見ることができるか否か。微笑みはできずとも、辛い表情は見せないこと。

 

「微笑みの連鎖」から、「負の連鎖」をさせないヒントが生まれてくるように想えます。

  ジュニアの3投手 次の登板は期待していますよ。

 

追伸:リトルジャイアンツ様、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

  

 

 

 2012年6月13日 松山からのお便り

 

 

  バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ   俵万智

 

 

 松山の堀様ご家族からのお手紙をいただき、とても嬉しかったです。

 ありがとうございました。

 光太郎君も竜ちゃんも新しいチームで学童野球を楽しんでいるご様子に、バンザイする

ほど嬉しくて。

いつまでもお元気でいてくださいね。

 

 

 

2012年5月16日  負けを抱いて

 

 

社会人となってはじめて新年を迎えた●十年前の頃のこと。

【今年の抱負】、という言葉に「言葉を大切にしよう」、と訓えられました。

 

 会社へ提出する【今年の抱負】を書こうと、原稿に向かうと・・・

 

 新年早々、縁起でもないことに・・・「負け」を「いだく」?

 おや、なぜ、負けを抱くのだったかなぁ?

自分の覚え間違いだった?か

 

と、恐るおそる国語辞書を開きました。

 

『抱負とは、希望を抱くことと、責任を背負うこと』

「胸に未来の希望をいだき、背中に責任を負うこと」という意味のようでした。

 

 

おそらく小学校や中学で学習したことでしょうが、社会人として恥ずかしいことに改めて理解した言葉でした。

 

希望を語ることと伴に、自分が成すべき責任を語ることが【抱負】だ、と理解しました。

 

 

さて、JA支部予選 神山少年野球クラブ様との1回戦。選手たちは、精一杯戦ってくれました。果たして、ライオンズの関係各位には、勝たせられず申し訳ありません。

その夜も「負けを抱いて」なかなか寝付けませんでしたが、次の大会に向けて、希望を抱き、成すべき責任を果たせるように、と意をあらたにした次第です。

 

 

追伸:大谷様、何卒ご指導のほど、ご教授のほど宜しくお願い申し上げます。

   横山様、おめでとうございます。息子さんとともに是非またグランドへお越しくださいませ。

   今年も父母会様のグランド整備で、コータキの緑の絨毯が、より一層美しく輝きましたよ♪

 

 

 

2012年5月6日  「配る」もの

 

 

【不安】と【心配】は、似て非なるものですね。

 

不安せぬよう、あらかじめ心配をすることが必要ですね。

 心が落ち着くよう、あらかじめ心を配っておくこと。

 自分のからだに対して、周りの方に対して。 

 からだを温め、息を整え、声をかけ。

 

かつて営業当時は後輩の方々への指導の中で、【営業に必要な三つの配りもの】を伝えていました。

 

 「目配り」 「気配り」 「心配り」。

 

 

GW5試合を通じ、あらためてグランドの中にも、互いに配りあうことの大切さ、配り方の難しさを感じました。

  (そして、GWを締めくくる201256日の2試合、かけがえのない試合でしたね。

  やがてこれからの【道標】になる一日と想いました。

 多賀ジュニア様、函南シリウス様、三島南シャークス様、有難うございました。)

 

 

三保ウイングス様へ

  合同練習とカレーライスのお心配りに御礼を申し上げます。

  今後とも互いに健闘しあい、末永いご厚誼のほど宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

2012年4月23日  桜の木の下で

 

 

『なにも咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ、やがて大きな花が咲く』

 

山梨学院大学陸上競技部 山下誠仁監督が語られているこの言葉は、ひとには見えない努力の継続の大切さを端的に示しています。

 

創団以来、子供たちを見守ってくれているコータキグランドの大きな桜の木にも、ようやく春がやって来ました。

例年以上に寒かった冬の終わりを告げるように、数十年の年輪は、白くて可愛い花をつけました。

 

この大きな桜の木の下には、想像できないほどの根が張りつめていることでしょう。

 

下へ下へと根を伸ばしてくれていたライオンズの選手たちも、少しずつ少しずつ、花を咲かせてくれていると想います。2名の6年生、リュウセイ君とレン君の頑張りは下級生に根を張らせる水のようです。  ふたりの明るい声と笑顔は、花とともに美しい水のようです。

 

 

  やがて、花たちは草冠を脱ぎ、またひとまわり大きく育って欲しいと想いました。

 

 

     【 空をゆく ひとかたまりの 花吹雪 】  高野素十

 

 

追伸 中伊豆ツインズ様、手入れの行き届いた たいへん素晴らしいグランドで試合をさせていただき心より御礼を申し上げます。また、八幡野イーグルス様には初めて対戦させていただき、有難うございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

2012年4月19日  【 禮 】

 

 

リトルイースト様

子供たちのみならず当方すべてのものへご馳走を賜り、篤く御礼を申し上げます。

早朝よりお食事の仕込み等お手数をお掛けし、申し訳ございません。

監督からも申し上げましたが、試合のみならず、子供から父母会の皆さまの随所に丁寧なご挨拶や立ち振る舞い、精錬な審判など拝見しながら感激させていただきました。

 

昨日、県製薬協会の講演会にて、講師として招かれた孔子第75代直系子孫の“孔健”先生のお話を伺いました。

 

『論語の五則(仁義礼知信)』の話題の中で、

 

「【礼】の旧字は 【禮】と書きます。禮とは、こころが豊かな状態を示します。」

 

と、話されていました。

 

リトルイースト様のお子さま方の【礼】は、【禮】に通ず、と思い起こしました。

 

試合の勝敗の前に大切な「試合を行う意味」を、こころに刻みたいと想います。

どうぞ、今後とも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2012年4月6日   息子たちに感謝を

 

 

  高校時代から気のおけない仲間のひとり、作家の鈴木英治君と話していたことから。

 

 「君は生きてきた証として、この世の中に数十作品という小説を遺して、立派だよな」

  と、わたし。

 

 『・・いやぁ・・・いつか絶版さ・・』と彼。

 

 「そんなことは・・・ないさ・・」と曖昧に応えながら、想いました。

 

・・ひと握りの文芸家や今日まで伝わってきた古典以外は、

 彼の語る通り数十年後には絶版の憂き目に晒され、作品も忘れさられるのか、と。

 

 『そぉいえば、夏の県予選でお前が作った野球部の歌をブラバンがスタンドで演奏していたぜ。・・・お前が遺したものは、その歌と、そして子供だよね』と微笑んだ彼。

 

奥様も時代小説家の、彼のご夫妻には未だお子さんがいません。

おふたりにもしもお子さんが誕生されたら、どれほどの大作家になるであろうか、と想像するのですが。

 

 彼の言葉で“子供がいてくれる”ということを、あらためてありがたいこと、と胸に刻みました。そして息子と娘に感謝しました。

 

  

 振り返れば、息子がライオンズに入団させていただき、代表はじめ監督、各コーチ、

多くのお子様や学童野球にかかわる方々と出逢い、また試合を通じて思いがけず高校

の後輩各位と知り合うなど、今があることを奇跡のように想えます。

 

この春から、ライオンズにてまた新しい生君との出逢いがありました。

たいへん嬉しく想います。お父様お母様、これからどぅぞ、宜しくお願いいたします。

 

 

追伸  秀真君たち卒団生の中学新一年生、入学おめでとうございます。

 

    出帆君たち卒団生の高校新一年生、進学おめでとうございます。

    

    今日迎えてくれた桜が、三年後にまた微笑んでくれますように。

 

 

 

 

2012年3月22日  いつの日にか

 

 

北の大地“旭川”から、富士山の麓“御殿場”へ、そして野球のふるさと正岡子規の“松山”へ。

光と竜が、駆け抜けてゆきました。

 

 

くすんだ瞼を、洗い流してくれる

よどんだ心を、清めてくれる

少年のちから

竜之介は、いつも元気で可愛いスーパージュニアのアイドルでした。

 

【私はキャッチボールが好きなんだ。だって暴投をした人がボールを拾いにいかないで、受ける人が走ってゆくでしょう。悪い、悪いなんて声を聞きながら、いいよ、いいよ、なんて声を返してさ。面白いよね、あの感じ】(ぼくのボールが君に届けば  伊集院静)

 

キャッチボールをしていて、後ろにそれたボールをがむしゃらに追いかける竜ちゃんの姿は、この小説のフレーズを思い起こさせます。

渡辺監督のコメントを拝見し、竜ちゃんの姿を想像していましたら涙が止まりませんでした。

 

 

なんて優しいのでしょう。なんと素直なのでしょう。

 

ボール廻しの練習中、その日は喘息のように息を荒げだし今にもセカンドベースに倒れ込みそうでしたので、グランドから光太郎を抱きおこそうとしました。

はじめは泣きじゃくりながら、かたくなに動こうとせず抵抗してしましたが、やがてわたしに抱きかかえられると、からだの力をふっと抜いてわたしに身をあずけました

 

いつまでも駄々をこねる真似をせず、「なんてこの子は素直な子だろうか」と想いました。

 

普段は、どんなに苦しかろうと泣きながら延々と続くボール廻しの練習を遣り切るので、本当はこの時も、意地でもセカンドベースから離れたくはなかったと想うのですが・・。

小さな命が「素直さ」の意味を教えてくれたように想います。

 

 

光太郎君と竜之介君に出逢えて嬉しかったです。短い一年でしたが、生涯忘れえぬスーパージュニアでのたいせつな想い出の数々を、有難うございました。

そして、こんなに素晴らしいお子様を育てられている堀ご夫妻に敬意と感謝を申し上げます。

 

 

いまはとても淋しくて、グランドに立てば二人の姿をきっと探していると想いますが、

いつの日か、甲子園で活躍する光と竜の姿を夢見ます。

 

最後に、お礼のご挨拶できず真に申し訳ございませんでした。いつまでもお元気で。

またお逢いできることを楽しみに。成長されたおふたりと、またキャッチボールができる日まで。

 

 

さあ、ふたりの分まで全日本の予選、頑張ってまいりましょう。

 

 

 

  

2012年3月12日  鼓動を聞け

 

246分。裾野イーグル様との合同練習の際、グランド全員で黙祷をささげました。

鎮魂を祈り、身を律する時間となりました。藤本監督様、有難うございました。

 

不意に、開登君がキャプテンの頃に、夕礼で話させていただいた『鼓動を聞け』という話しを想い出しました。

 

『鼓動を聞け』とは、娘が高校で部活動に所属していた【ボート部】の顧問の教師が、選手たちに伝えていたことです。当時、娘からこの話しを聞き、たいへん感心いたしました。

 

 

「ボート競技は、究極の団体スポーツです。ひとりが、頑張れば良いものではありません。

 クォドルプルでも、ダブルスカルでも複数のものがひとつの艇を進める競技は、

動作と呼吸を全員が一致させなければ、艇のスピードは出ません。

誰かひとりがオールを速く漕いでも、かえって艇は遅くなるのです。

だから、一緒に漕ぐものの【胸の鼓動聞く】ほどに、

呼吸を合わせて動作を合わせて練習を絶えず一緒に行うのです・・・」

 

 

言葉は正確ではありませんが、シンクロスポーツのように一糸乱れぬためには、ともに支えあう選手同士が普段からひとつになるためには、胸の鼓動を聞く気持ちで理解しあいましょう、という意味でしょうか。

 

 

東の空を仰ぎながら、震災からの復興を願う気持ちにも相通ずることだろうか、と胸をよぎります。

 

野球はひとりのヒーローの活躍で勝敗が決まることも多々あるスポーツですが、まだまだひ弱なリトルライオンズは、この「鼓動を聞く」話しから学ぶことが多いと想います。

各大会に向けて、一歩ずつ、少しずつでも、選手みな同じ気持ちで成長していきたいなぁとあらためて感じた一日でした。

 

 

追伸:体験練習にお越しいただきました皆様には、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

2012年2月29日  雪がとけたら

 

         雪が溶けたら、なにになる?

    

                   雪が溶けたら 春 になる。

 

 という、子供たちのみずみずしい感性を称えるこの有名なフレーズは、いつまでも優しさにつつまれた明るいオーラを持つ言葉です。

 

御殿場の冬は、北国ほどの過酷な雪と寒さではありませんが、『春』の暖かさが待ち遠しいこの頃です。

 

 先日、練習後の夕礼では選手のみなさんに、【必ず降る雨乞い】の話をさせていただきました。しばしばスポーツの世界や企業内のスピーチでも引用されるレトリックです。

 

 

『【雨乞い】って、みんな知っているかな? ・・・・そのひとが空に向かって、「雨よ、降れ、降れ」ってお祈りすると、必ず雨が降るんだって。・・・なぜだと想う?』

 

「カエルさんだから・・・」

     「神さまだから・・・・」

・・・いろいろな答えが返ってきました。

 

 

ご存知の通り、こたえは『雨が降るまで、祈っているから』。

 

“最後まであきらめない”という喩えが、子供たちにわずかでも伝わればいいなぁ、と想います。

 

 

二年ほど前でしょうか、NHKの短歌番組を見ていましたら、入選句にとても感情豊かな歌が紹介され、思わず書きとめました。

 

    

     温度差があるから言葉はあふれ出す 冷たいだとかあたたかいだとか

 

 

 

雪が溶けたら、必ず「春」が来て、花が咲き、実が成るように、全日本に向けて微力ながら雪を溶かせるよう、子供たちを応援してまいりたいと想います。

 

 

 

 

2012年2月9日  タスキをつなぐ

 

スポーツ少年団は、卒団してゆく6年生から5年生へタスキをつないでゆくゴールの無い『駅伝』のようです。

ひき渡す者と、受け継ぐ者。

 

つないでくれた者への敬意と感謝を込めて、タスキを受けたものは必死になって次のランナーへまたつないでゆきます。

 

2月第一週の週末は、静岡県内でも約280の学童野球チームが一斉に練習試合を組み、新たな少年野球の物語が始まったことと想います。

6年生を送る卒団式から3週間。数名の選手が風邪とのことで、全員揃っての遠征ではありませんでしたが、卒団生からタスキを受け継いだリトルライオンズの新チームも、開幕戦の練習試合を無事に迎えさせて頂くことができました。

 

初戦、第二戦と連敗でしたが、厳しい冬場の練習を乗り越えてきた成果を実感しました。

また、バッターボックスでの立ち位置を比較しながら、長泉ジュニア様のお子さんたちと何が違うのか、何が足りないのか、その一端を垣間見させて頂きました。

長泉ジュニア様、ありがとうございました。

 

さて、駅伝といえば、今年の大学箱根駅伝での優勝インタヴュー。大会新記録で優勝した東洋大学の柏原選手の言葉はたいへん印象的でした。

 

「1区から4区までの選手の頑張りが、区間新を与えてくれた。プレッシャーもあったが、最後の箱根を楽しく走れました。僕が苦しいのはたった1時間ちょっと。福島の人たちに比べたら全然きつくなかったです。」

 

勝っても驕らず、仲間の選手や応援していただいた地元の方々へ感謝する気持ちを忘れない言葉だと感心しました。また、学ぶためのさまざまな示唆を含んでいるように想えました。

 

さあ、わたくしたちも、ひと日、ひと試合ごと学び気づきながら、タスキを誇りにこの一年間を楽しく走って参りましょう。

 

追伸 横山様、トレーニングについてのご指導、いつも有難うございます。今後とも、宜しくお願い申し上げます。

選手のみなさん、うがいや手洗いをいつも気にかけて、食事も充分摂って、体調をくずされぬようにね!

 

 

 

2012年1月12日     旅立ちの日に

 

 本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

卒団される6年生のご家族の皆様、誠におめでとうございます。また、永い間お世話になり、こころよりお礼を申し上げます。

14日の式典では、これからの行く末に記憶に残るようしっかりと務めさせていただきます。

卒団生の旅たちにあたり、甚だおこがましい次第ですが、娘が中学校を卒業する記念に書いた曲を贈らせていただきます。

 

 

旅立ちの日に

 

 

見上げる校庭の空に 描いた夢は

歩いた季節の数だけ 儚く散ってゆく

初めてときめいた 何気ない君の微笑み

降り積もる淋しさは つなぎあう手のひらに

穏やかに溶けてゆく 陽溜まりのように

 

放課後 汗ばむ制服 渇いたこころ

むなしさ握り締めたまま 寄り添う君の胸に

泣かない約束は 君だから涙を誘う

ぬくもりは無口にさせ 言葉さえ裸にする

ひとことの優しさを かみ締めた夕暮れ

 

あの夏 その声を もういちど触れさせて欲しい

この街で抱きしめた 君の頬 君の瞳

サヨナラは風に舞う 花々の旅立ち 

明日への旅立ち

 

 

卒団生のみんな、ありがとうございました。

卒団生のお父様、お母様、ありがとうございました。

 

 

 

2011年12月31日 きゅうくつな幸せ

 

 

直木賞作家の道尾秀介さんが、小説『水の柩』の自己批評の中で、「最初の一行と、最後の一行を書けたことで自分の成長を感じることができた」と話されていました。

絵画や書画では、【画龍点睛】という言葉にあたるのでしょうが、物語の最後を締めくくる一行の出来栄えが、その小説の品位を高め、感激を増幅させるのでしょう。

 

果たして、自分はこの一年間で成長できているのか、自問自答する日々です。毎週、子供たちから教えられることばかりですので、次に活かせるよう、恩返しできるよう、取り組みます。本年一年間、みなさまにはたいへんお世話になり、有難うございました。

こころより御礼を申し上げます。きたるべき年が、幸多き時間となるようにと願うばかりです。

 

今年の元旦の「天声人語」では、福島県の児童詩誌『青い窓』に掲載されていた小学4年女子の詩を紹介していました。

 

   【きゅうくつな幸せ】

 

 あたたかいこたつ

家の家族は五人

五角形のこたつだったらいいなぁ

と、おねえさん

 

一番あとからはいる かあちゃんは

わたしと同じ所

私はやっぱり

四角でもいい

 

 

こんなに短い詩ですが、寄り添う母とおさな子が、ほら、そこにいるようで胸が熱くなりました。

どんなに窮屈でも、ともに暖をとり、ともに語りあい、肩を寄せ合いながら一緒に過ごすすべを家族は生まれながらにして身につけているのでしょうか。【きゅうくつな幸せ】とは、

なんと、あたたかなこころを満たす表現でしょうか。ふたり暮らしのわたしには、とても素敵な光景に思えました。

 

本年、リトルライオンズは創団25周年を迎え、過日、記念式典を取り行わせいただきました。長きに渡り、代表はじめ総ての団員ご家族、関係各位のご努力の賜物であり、対戦いただくチーム各位のお陰さまと、式典を通じてあらためて感謝するとともに、司会をさせていただきながら、

【きゅうくつな幸せ】という言葉をかみ締めていました。

火を囲み、グランドを囲み、ともに語り合い、ともに励ましあい、ともにこころに残る時間をこれからも持てたらなばいいなぁ、と想いました。

 

野球をできることを喜び、みなさまには2012年も何卒ご指導のほど、宜しくお願い申し上げます。ありがとうございました。

 

 

 

 

2011年12月1日 龍をみたか

 

『僕は龍をみたことがある。龍は君たちの心の中にいる。人格という名の龍。その龍は、「経験」を食べて大きくなる。この震災を経験として、龍を大きく育てて欲しい』

11月に来日されたブータン国のワンチュク国王が、相馬の小学生に向けて語った言葉は、たいへん印象深くこころに刻まれました。ひとをいたわり、希望に満ちた労いの言葉でした。

 

 

不意に、二十歳の頃に読んだ三田誠広さんの小説【龍をみたか】を思い出さずにはいられませんでした。当時は三田さんをはじめとし、村上龍さん、村上春樹さん、高橋三千綱さん、立松和平さんなど団塊の世代以降の先生たちが続々と文壇に登場され、その頃タイトルに惹かれた小説【龍をみたか】。

この小説は『ひとの知恵には、限界がある・・・』というようなテーマだったと想いますので、ワンチュク国王のお言葉の意図とは相違しますが、先般の三小ファイターズ様とのスーパージュニア戦でも、思わず「僕たちの龍をみたか!」と叫んでしまいそうになりました。

 

最終回の守備で、ピッチャー「しゅんた君」を中心に、キャッチャー“龍治”君、ショート“龍”君、センター“龍之介”君・・・が、一直線に並びました。守備位置の変更をした偶然を、1アウト後に気づきました。ライオンズの【龍をみたか】と。

3人の龍が大空にみんなを乗せて、羽ばたく光景を思い浮かべました。

 

それぞれのスーパージュニアの“龍”たちは、とても一所懸命取り組んでくれました。

ジュニアの“竜征”君とともに、来年の辰年に大きく空を駆け上がり、チームを引っ張っていって欲しいなぁと、祈っています。

ライオンズに集うお子さんたちみな、苦しい練習も辛い想い出も明日の自分のために、たくさんの「経験」を食べてたくましく育って欲しい、と願うばかりです。

 

追伸 三小ファイターズ様にはご無理をいいまして申し訳ございませんでした。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

2011年11月17日  ごせんごれい

 

昨年の学童野球指導者講習会では、駒沢大学元野球部監督太田誠先生の講演を拝聴させて頂きました。
      『愛こそ人生』
      『野球はひとなり、人生なり』
      『良き習慣とは、【信 仁 義 礼 智】なり』
      『しあう・しきる』
      『即今只今』
      『○○で日本一になろう』
      『人材教育でなく、人物教育』
      『中心の法則』
      『リーダーとしての言葉が必要』
      『常に【期待】していること』     ほか

 

いくつもの胸に響くお話しがありました。とりわけ、いつまでも覚えていたいと想えた言葉は

      『挨拶が正しいひとには、三つの所作がある』 でした。

      三つの所作とは、
      【立ち止まる】 【手が上がる(頭が下がる)】 【微笑む】 ですと・・。

以後、自分を戒めながら太田先生の言葉を噛み締め、ライオンズのみんなにも【正しいあいさつ】について、時折紹介させて頂いておりました。

 

たとえ歩いていても立ち止まり、言葉を伝えてから礼をする、そして「にっこり微笑む」こと。これを『語先後礼』の形といいます、と。

 

先日の終礼時のこと。一年生のこうへい君が、「あっりがとうぉございましたぁ!」と大きな声を出したあとお辞儀をし、“ニコッ”としてくれました。

 

      「えらいなぁ~、すごいなぁ~、こうへい君わぁ」と感心していると、

 

      「・・ごせん、ごれい、でしょ」 と、頬がこぼれるほどの笑顔を、ペコちゃんのように可愛くちょっと傾げて。

 

嬉かったです。「語先後礼」の漢字もまだ習ってはいないと思うのに、覚えてくれていて。ありがとぅ。今日も胸を熱くさせてもらいました。

 

 

太田先生の座右の銘 【姿】即【心】は、予てから存じておりましたが、作法について再度見直す良い機会になりました。有難うございました。

 

追伸 

原里スーパースターズ様へ。過日はスーパージュニアにおいて、混合チームのTボールゲームを実施頂き、厚く御礼を申し上げます。切磋琢磨させて頂きながら、今後とも宜しくお願いいたします。

 

 

 

2011年11月11日  サンマを感じながら

 

三団交流を兼ねた球友会のリーグ戦。

元吉原少年野球様、裾野イーグルス様、そしてリトルライオンズ、それぞれスーパージュニアのお子さんたちを混合し、2チームに分けて交流試合を2戦させていただきました。

一年生まで全員出場し、また初めて経験するポジションもあり、エラーもデッドボールも振り逃げも牽制タッチアウトも、スコアブックが賑やかになるほど、みんな楽しそうに野球をしてくれました。

 

また、神山少年野球クラブ様にはスーパージュニア戦後、ご好意でもうひと試合、混合チームにしていただいて試合を経験させてもらいました。

バッテリーのヒロパン君、タケト君、そしてシンザブロー君、ダイゴ君、ありがとうございました。明るくて、仲が良くて、みんな上手くて・・・低く垂れ込めた雨まじりのグランドでしたが、彼らの笑顔が輝いていました。

たいへんおこがましい次第でしたが、終礼にて「小学生のサンマ」についてお伝えさせて頂きました。子供たちが伸び伸びと遊ぶための“3つの大切な「間」”。

 

【空間】 【時間】 そして【仲間】について。

 

これからも、野球を楽しむ仲間としてどうぞ宜しくお願いいたします。

こうした他の少年野球クラブのお子さんたちをまじえての交流は、3つの大切な「間」を感じながら、ひときわ身が引き締まる想いでした。貴重な時間を賜り、各団の皆様に御礼を申し上げます。

 

また、週末には【沼津・裾野・御殿場・小山】支部の代表として、普段から親しく試合をさせていただいております『裾野スラッガーズ』様、『神山少年野球クラブ』様のスーパージュニア県大会戦。    両チームのご健勝をあれかしとお祈りいたします。

 

来年は、ライオンズのみんなと出場できるように! 頑張ろうネ。

 

 

 

 

2011年11月4日  

 

 函南少年野球クラブ様へ。

練習試合後、最後の終礼まで拝見させていただいて、誠に有難うございました。

団員のお子さんをはじめ、父母会の各位そろって整列され、監督やコーチのお話を聴かれていました。たいへん美しい光景でした。

試合を対戦いただくチームのホームグランドへ伺うことを、いつも楽しみさせていただいています。さまざまな景色、空の流れ、風の色、木々の声・・子供たちの笑顔・・それぞれのチーム特有の情調を肌で感じさせていただけることは、とても貴重なことです。函南の父母会長様、監督様、父母会の皆様、有難うございました。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます

 

 

 

 

2011年11月4日  「真似る」「続ける」 

 

大学一年時に別冊文藝春秋に連載されていた小説『青が散る』を読み始めてから、宮本輝さんを愛読し続けています。当時の宮本さんの随筆の中に、「小説家」を志す上で、繰り返し行っていた「こと」が紹介されていました。宮本さんが敬愛する、作家“吉野せい”さんの小説【洟をたらした神】の写本です。

 

自らがその目指す文体を習得しようとするために、その作品を何度も一字一句全て書き写したといいます。文章のにおいや、肌触り・・・などが、度重なる書き写しによって身につけられればと考えられていたようです。

 

その頃、文藝部というクラブに所属していながら、既に小説や詩を書く才能など微塵もないことを悟っていたわたしは、たえず文字に触れるせめてもの慰めとして、朝日新聞のコラム【天声人語】を大学ノートに書き写していました。約640文字、凡そ新書本1ページの量です。日々「書き写し」を行っていくと、文章を読む印象と綴る印象の違い、同じ天声人語でも微妙に異なる文章のリズムで、書き手が数名いることに想いを馳せたり・・。

毎日、こつこつ・・・とはいきませんでしたが、白い行間に川上から川下へ言葉を紡いでゆく流れを静かに楽しんでいました。「手とこころの一致」を身につけるための練習でした。

いまでもこの手書きのノートを開けば、二十歳の頃の自分が蘇ってきます。

 

 

まず「真似る」、「なぞる」、「模写する」ことは、やがて『自分らしさ』を見出すことに繋がっていくように思えます。『自分らしさ』を手にするための良い手段だと想います。

(と、書きながらたいへん未熟で月並みな表現ばかりでお恥ずかしい限りですが)

 

野球少年の頃のわたしは、長嶋茂雄さんが真似のお手本で、写真集や自叙伝などを母親にねだり読み耽っていました。バットの持ち方、バッターボックスの入り方、リズムの取り方、こころ構え、スローイング、ガッツポーズの仕草・・・。長嶋さんの座右の銘「快打洗心」の書やサインを真似てみたり・・。

 

リトルライオンズのお子さんたちにも、憧れのプロ野球選手がいると想いますが、細かな部分も見逃さずに「真似しきってみる」ことも練習のひとこまにしたいものです。

少しずつでも、日々、続けてゆくことをこころがけて。

 

 

     かつて猪年にいただいた知人からの年賀状。

 

     【猪突猛進】をもじったこんなキャッチフレーズがありました。

 

 

               ちょっとずつ、 猛進 。

 

 

 

 

年末までの試合、ライオンズ25周年式典、卒団式。。みんなで盛り上げてゆきましょう。

 

 

 

2011年10月14日 学ぶ

 

子供たちと練習をさせていただいていると、彼らから学ぶことや発見させていただくことが、なんと多いことでしょうか。

 

昨年、小学一年生のこうせい君やゆうた君が、芝生のグランドを精一杯の力で駆け廻っている様子を眺めながら、

【一所懸命の『命懸け』とは、全力で命が駆けてゆく、ことかもしれない】と、彼らから学ばせてもらい、年賀状にしたためさせていただきました。

 

ふたりの走っている姿は、『肉体が駆けている』のではなく、6歳という生まれて間もないとても柔らかで清らかな命が動いている、ように想えました。

 

去年の練習試合でのひとこま。

ようすけ君がサードゴロを捕球し、一塁送球で初めてアウトにした光景は、ひとのこころを揺さぶる感動の在り処を教えてくれました。

拍手と「ナイスプレー」の歓声の中、守備位置で彼が泣いていました。練習の成果として試合で『初めてアウトにした喜び』に涙し、見つめる者までも彼の姿に涙しました。

 

今年も、週末ごと綴りきれないほどの喜怒哀楽の物語りに、感謝に絶えません。

 

 

  【学】という文字は、屋根のしたで子がまなぶ姿を表しているという意だそうですが、

  【学ぶ】とは、「子の姿を見て感じ取る」ことなのかもしれません。

 

 

父兄のみなさまには、お子さんたちに技術的なことなど適切に伝えられないことや至らない点が多々あり、また、試合での結果も残せず申し訳ない次第です。

一年間残り僅かな時間、思考錯誤の日々ですが、一所懸命、命駆けて取り組ませていただきます。  ありがとうございます。

 

 

 

 

2011年10月13日 友よ、明日、泣け

 

二年半前に大学のキャンパス近くにマンションを借りて引っ越した、娘、のことです。
既に彼女のいない自宅の部屋は、ベッドも学習机もひっそりと静かに彼女の帰りを待っています。

中学二年生になる息子が、まだ小学6年生の頃のこと。

普段は自分の部屋で学習をするのですが、気分転換でしょうか、娘の部屋で宿題をしていました。
そこで息子が発見した言葉・・・

 「お姉ちゃんの机に  『明日から頑張ろう、はもう言わない』 って書いてあったよ」

と宿題を終え食事を一緒にしていた際に、教えてくれました。

             ・・いい言葉に気づいたね。

なにかしら息子にとって刺激になってくれれば、不登校という病いに、かすかでも薬となってくれないかな・・・

と期待しながら、その文字を確かめようかなと娘の部屋に入ってみました。

学習机は、妻のお父様から娘の小学校入学祝いに贈っていただいたもの。
おもむろに椅子に腰掛け、目の前に広がる本棚やボードに飾られたメモなどをただただ眺めていると、娘の息遣いや声が聞えてきそうでした。子供の机とは、こんなにも時間の壁を越えていくものなのですね。

 



   佐原ミズ  【マイガール】・・ああそうだね、ARASHI 大好きだものね。
         【脚やせダイエット】・・・そっか、ちょっと脚、たくましいかな。
   長谷川祐美 【フライトナース】・・看護学部生だからね。
   鎌田 實  【それでも やっぱり がんばらない】・・・ん、母親を想いながら

                  読んでいるのかな

などと、本棚にひとりごとを吐きながら、妻の告別式で娘が綴った弔辞を思い出します。

『・・お母さんは、けっして人を褒めない人でしたね。だからわたしは、お母さんに褒めて欲しくて●●高校に進学することを目標にしたんだよ・・合格したときのお母さんの笑顔、忘れません・・』

学習塾へも小学生のときから通い、自ら努力を惜しまなかった娘。その努力の跡が、机に直接マジックで書かれた文字でした。

『四当五落』  『ひたむきであれ、前向きであれ、そして自分の努力に自信を持て。』

『自分の飛躍を楽しもう』・・・

いくつかの文字の中に、ひときわ目についた文字がありました。
 

 

              『友よ、明日、泣け』

後に調べてみるとたいへん有名な言葉のようでしたが、初めて知った励まし方でしたので・・

    ほろっ、ほろっ、っと胸を熱くしました。

 



この机で過ごした娘の十二年間、今も弟を思い遣って元気の出るメールを息子の携帯に送り続けてくれている、娘。

            『お父さんは、いま、泣いちゃったよ』

 

゜・*:.. ..:*・゜゜・*:.. ..:*・゜゜・*:.. ..:* ゜・*:.. ..:*・゜゜・

 

6年生には、卒団式まで、まだまだたくさんの想い出を作って欲しいと想います。練習に、試合に、最後まで一緒に頑張りましょう。涙は卒団式までとっておこうネ。

 

 

 

 

 

 

2011年9月5日       九月の空に

 

          野分き空 たたかい終えて なみだ雨

 

 

鉛色の雲間から、いつまた降り出してもおかしくない天候の中、原里SS様とのスーパージュニア大会予選一回戦は、その試合中だけ一滴の雨粒もなく、九月の空が見守ってくれていました。

 

  ライオンズのコーチを拝命した折、

『コーチの語源は【馬車】、転じて、こどもたちみんなを夢の舞台へ連れていく役割』

と肝に銘じていました。

二年間、その馬車になれず、選手のみんなには、ほんとにごめんね。

 

  かえって、みんなからこんなにも心を震わす感激をいただいて、ありがとう。

  今日は、スタメンもベンチの控え選手も、勝又コーチも大介コーチも渡辺監督も、

  お父さんもお母さんも、みんなひとつになれたかなぁ、と想いました。

  【美しい負け方】という言葉があるのならば、みんなカッコよく美しい三振でしたよ。

 

  四年生のみんなは短かい時間のなかでも、誰もが驚くほどに成長してくれましたね。

  三年生、二年生、一年生のみんな、これから一年間、また一緒に頑張ろうね。

 

 

試合終了後、子供たちと試合を振りかえっていると、鉛色の雲はにわかに音をたて小ぬか雨を降らせました。

 

彼らの顔を見ていると、泪はなかなか止まりませんでしたが、不思議とそれは「幸せと喜び」という意を含んだ泪でした。

 

 

【辛い】という文字は【幸せ】という字に似ている。

 

 

これは前職で同僚のコピーライターが、職場の後輩の結婚式で、寄せ書きに綴っていた言葉です。

「辛い」という文字に「一」を足すだけで、「幸せ」に変わる・・・。

ちょっとした努力で、辛さが幸せに変わる・・・という意味でしょうか。

 

 

「辛い」気持ちで過ごすより「幸せ」な気持ちで過ごせるように。練習でも試合でも終わりに際し、いつも、いつの日もそう願って礼をします。

 

帰りがけ、『一過の空が、こどもたちのこころが、実り多く爽やかな青空になりますように』と祈りました。

 

父母会のみなさま、土屋コーチ、潤也コーチ、村田元コーチ、申し訳ありません。

そして、最後までご声援をありがとうございました。

 

 

追伸 

台風12号の影響もあり、スーパージュニアの支部予選が土曜日から突如、日曜日に変更となり、清水リトルパワーズ様にはご迷惑をお掛けしまして、失礼いたしました。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます

 

 

 

 

 

 

 

2011年8月19日  出逢うために

 

「おかあさん、ぼくは何のために生まれてきたと想う?・・・ばくはネ、おかあさんと出逢うために生まれてきたんだよ」

学生の頃に目にふれた本の、こころあたたまるその言葉。この歳になるまで、ずっと記憶に残っていて、不意に、なにかの折に蘇ります。

 

 

日曜日に行われた練習試合。合間の昼食後、ライオンズの父母会から子供たちへ、夏ならではの美味しく涼やかなひとときが。

 

屋台顔負け、本格的なカキ氷屋さん。茹でたて、新鮮なトウモロコシ。「へい、おまち!」

 

リトルイーストのお子さんたちと一緒に、仲良くほお張る夏の想い出。

それぞれの笑顔に、「おかあさんと出逢うために生まれた・・」というフレーズが、木陰の風にのって胸に届いてきました。

 

 

ぼくの夢はプロ野球選手になって、おとうさん、おかあさんに楽をさせてあげたいなぁ。

 

おかあさん、おとうさんを甲子園に連れて行くこと、それがぼくの夢だよ。

 

 

出逢えたそれぞれの子供たちの目標に、微力でもお手伝いができるように、

とあらためて想いました。

父母会のみなさま、ご馳走さまでした。お心遣いを、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

2011年8月11日  喜動力

 

レギュラー戦の練習試合が終わり、選手たちが試合を振り返って監督からアドバイスを受けている時間、空いたグランドでスーパージュニアの子供たちにノックをさせていただきます。

生きいきと守備につく姿に、胸が熱くなる日々です。

 

 

数年前、『喜働経営』あるいは『自立喜働』という文字を目にしました。

(「喜働経営」とは、賃金や報酬を得るための「労働」から、社員が「喜んで働ける」環境作りが経営者には大切・・という意味のようですが)

 

その頃は、「仕事に対して喜んで“働け”なくても、せめて喜んで“動け”るように」と我が身の日常を自戒し、

 

          【喜動力】   という言葉を胸に、刻みました。

 

グランドで、この頃のスーパージュニアの子供たちに接していると、この【喜動力】というフレーズを想い起こさせてくれます。

 

笑顔でノックを受けてくれる子供たち。

時には、ボールが身体にあたった痛さで、泣きながら、喚きながらでも次の球を追ってくれます。

 

      みんな、成長している、と想います。

 

【喜動力野球】とは、学童野球の原点かな、って想います。

 

 

週末、6年生には県大会につながる最後の公式戦。

暑さに負けず、喜び溢れる笑顔で動きまわって欲しい、と祈っています。

 

 

 

 

 

 

 

2011年8月1日 ホームベース

 

『野球とは、家を飛び出すことで始まり、家に帰ってくる回数を競うスポーツです。

それが、ホームベース。たくさんの祝福する仲間に迎えられて。

いま、ここに、このグランドが君たちの「こころのホームベース」になることを願っています・・』

 

6年生を送る卒団式に、必ず司会のシナリオに挿入するこのフレーズは、重松 清さんの短編小説『卒業ホームラン』の一節から引用させていただいています。

 

 

  ・・【ホームベース】とは、家を飛び出した子供たちがやがてまた帰ってくる場所・・・

 

  ・・どれだけの子供たちが帰ってくるのかを競うスポーツ、それが野球・・・

 

 

重松さんの胸に迫るレトリックは、「野球の見方」を変えてくれました。

 きっと、野球とゆうスポーツは、「家という基地」から始まり、たくさんの経験を積んで成長してゆく子供たちの物語、なのでしょうね。

 

 

『スーパージュニア耀平杯』にて、熱海ラビットジュニア様には誠に有難うございました。

また、父母会の皆様には早朝より会場準備や用具の移送、選手の送迎など、ご尽力を賜り厚く御礼を申し上げます。

試合においては、ホームベース上でのタッチアウトの場面やチャンスを活かしきれずの残塁など、わたくしの未熟な指揮によってご期待に応えられず、この場をお借りしお詫び申し上げます。子供たちのちからを充分引き出せず、申し訳ございませんでした。

 

【ホームベース】にはひとりしか帰って来られませんでしたが、選手たちは最後まであきらめず、大きな声で立ち向かってくれていたことを誇りに想います。

悔しかったけれど、子供たちの頑張ってくれた姿に感激し、一緒に涙させていただきました。

 

また、わたしにとってもたいせつな想い出がふえました。 ありがとうございました。

 

今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

ライオンズでのたくさんの感激が、わたしのこころのホームベースでもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

2011年7月28日 ブレイクスルー

 

  「・・あれ?・・できた!」という一瞬。

  

今までできなかったことが、何度も繰り返すうちに「できた」瞬間、それをこどもたちに

 

  【ブレイクスルー】

 

という言葉で伝えさせていただいています。

  

壁を突破した瞬間・・・24日のSjr戦、2試合で5人のピッチャーたちは、プレート上で、それぞれの小さな壁を突破してくれていると願っています。

  

  

わたし自身の体験で今でも記憶に残るブレイクスルー感覚は、40歳代後半から弾き始めた

フォークギター。

営業職の頃、ひとりの大切なお客さまから「一緒にギターを始めようよ」、と突然お誘いをうけ、軽い気持ちで共通の知人へ習いに行ったのが契機。

おそらくその方に誘われなければ、浜田省吾さんの曲も、甲斐バンドや中島みゆきさんも、未だにギターで歌っていなっかたことでしょう。

 

  

【ブレイクスルー】を実感したのは、このギターのコードをわが指が自由をえた瞬間でした。最初の練習曲は「バラが咲いた」。ギターを手にして2週間後、毎日繰り返していた8つのコードを、ついに完奏「で・き・た!」・・・という一瞬。

  

  

ギターを教えていただいた先生のアドバイスは、

   『押さえられないコードでも、途中でやめずに一曲弾ききること』  でした。

  

「押さえられないコードは諦める、真似だけして最後まで弾ききろう、演奏の途中で止まらない」

わが身に言い聞かせながら、歌を止めず、弦をしっかり押さえられないコードは形だけでも真似て、何度も何度も弾いていた末のささやかな喜びでした。

  

  

  練習でも試合でも、自分のいまの力では、しえないことがたくさんあります。

  日々、壁を突き破る喜びに満ちてのぞむために、

  

  【できないことでも、“立ち止まらず”に次に進む 最後まで】

  

  1回ごと、エラーしても失敗しても、丁寧に1アウトずつあきらめず、最後まで。

  

  

さあ、今週末はいよいよSjr公式戦ですね。

野球ができることに感謝して、お父さん、お母さんに、昨日の自分を突破してきた姿、成長した姿を見ていただきましょう。

  

  父母会の皆様、早朝よりお手数をおかけしますが、どうぞ宜しくお見守りください。

  

 

 

 

 

 

 

2011年7月21日 たんぽぽの日々

 

高塚フレンド杯の実施にあたり、原里スーパースターズ様には会場のご提供など多大なご尽力を賜り、誠に有難うございました。

原里SS様、そして富士岡SC様、今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

     

         

最近の数試合、4年生以下の試合に臨む心構えとして、子供たちには大切にしてほしい三つのことを伝えさせていただきました。

     

 

  ● 『助けあおうね』 

 

     カバーするひとがいるから、捕るひとが思い切りできるんだよ。

     内野のボールは外野のボールでもあるんだよ・・。

          

●『ひとつでもアウトをとろうね

 

       3×5=15のアウト。

       一試合に、ひとり1つから2つアウトをとればいいんだよね。

       今日の試合、君のアウト数の目標は幾つかな。

          

●『称えあおう、謝ろうね

 

       良いプレーには「ナイスプレーすごいね、俺も負けないからね♪」

       失敗したら「・・・ごめんね、今度は必ず取り返すよ」

 

     

あり余るほどの伝えたい事柄の中から収斂して三つに絞りました。

これからも、「勝つため」以前に、【子供どうし、ひとりひとりが信頼し合えるため】の心構えを伝えて参ります。

    

また、公式戦に向けて父母会の皆様には会場スタッフや審判員など、多くのお手数をお掛けしますが、何卒宜しくお願いいたします。

    

 

お子さんたちと週末の時間を過ごしていると、練習や試合を見つめるお父様、お母様の姿に、大好きな【俵 万智さん】の歌集『たんぽぽの日々』の一首一首を浮かべています。

お子さんに対する献身的な優しい目線に、たいへんおこがましい次第ですが、同様の愛情を注ぎたい、と想う日々です。

    

    

自分の時間ほしくはないかと問われれば 自分の時間をこの子と過ごす

  

叱られて泣いてわめいて踏ん張って それでも母に子はしがみつく

  

抱っことは抱きあうことか子の肩に 顔うずめ子の匂いかぐとき

  

        たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる いつかおまえも飛んでゆくから

    

    

グランドでは、みな、わたしの息子です。

   

優勝目指してがんばりましょうね。

 

 

 

 

 

 

 

2011年7月13日 初稿に寄せて

 

 夏草やベースボールの人遠し     正岡子規

 

 

 

平出 隆さんの『ベースボールの詩学』の中に、正岡子規さんの句が紹介されていました。

衰弱しきった子規が、大喀血直前に二年前に詠んだ俳句稿から新聞紙上に送った一句といいます。

白球を追い続け、疲れ果てた末に草むらの中に身をゆだねて眠りにつく姿を想い描きました。

 

句の意図を理解できるほど俳句には精通していませんが、こころに残った句でした。

 

甲子園を目指し、汗を流していた高校の野球グランド、必ず初夏から雑草が芽を吹き出します。夏休みの数日は、練習メニューに部員全員での草取りが、数時間必ずありました。

草取りも指の握力を鍛える練習のひとつでした・・・

  

アンダーシャツ姿で、草と汗の匂いに咽ながら飛行機雲を見上げている自分の姿。

    

いつまで子供たちと白球を追える日が続けられるのか判りませんが、ずっと野球少年のままでいたい、と51歳を迎えた今も思っています。

 

 

昨年の一月よりコーチを拝命し、併せて4年生以下の責任を負わせていただきました。

まだまだ期待に沿える結果を収められず申し訳ございませんが、4年生以下の練習メニュ

ーのご提案や練習のお手伝いを賜りながら、お子さんたちと共に学びあいながら、

今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

そして毎年、父母会のみなさまの手で丁寧にグランドの芝が刈られ、木々が整えられ、

素晴らしい環境の中で野球ができることに感謝します。

 

 

      野球場に今年二度目の雪が舞う白球を追う少年を追う

 

 

今冬の二月初旬、コータキグランド一面に吹雪いた中を子供たちがボールを追いながら駆けている姿に、学童野球に携わるさまざまな方々との出会いをたいへん幸せに感じました。

 

一面真白いグランド、緑輝く芝生、桜の木の下での笑い声や歓声、二十年以上繰り返されてきたそれぞれのご家族の物語。

 

お子さんたちとの野球を通じて、振り返れば小学生という時代の僅かな期間ですが、それぞれのご家族の幸せな時間に、微力ですが、お役に立てられるよう努力して参ります。

このようなページを設けていただき、身の引き締まる想いと共にこれまで子供たちに伝えてきましたエッセンスを少しずつ綴って参ります。

重ねがさね、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 

追伸  疲れ果てて、夏草の上で倒れた際は、介抱をどうぞ宜しくお願いいたします♪

    

    また、富士宮での試合には救急車の出動というお騒がせをいたしました。

    あらためてお詫びと感謝を申し上げます。